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もう一つの物語

ヒト・モノを未来へ
創世記 わたしがホームページ制作を始めた1997年は、長女を出産した年でもあります。生まれたばかりの赤ちゃんは、良く寝ます(笑)
そこで、わたしは、この時間に内職をすることにしました。まずやってみたのは、封筒の宛名書きの内職。
その頃わたしは、セールスレターを書く知識を持ち合わせていませんでしたので、あっさりとひっかかり、結局お金を支払っただけで1円も貰えない…というちょっとしたハプニングがありました。

その時、決めたことがあります。
仮に騙されたとしても、今後は自分のスキルになることだけをやろう
そして次に見つけたのは、ワープロのデータ入力でした。

ワープロを買い、ワープロ検定2級を取ってみると、世の中はすでに「パソコンだ」とのこと。そこでパソコンを購入。
ExcelやWordの仕事を続けていましたが、エージェント会社の担当さんが、「あなたの書くグラフがキレイだから、ホームページを勉強してみないか?」と言ってくださる。

わたしはこの時のことも、忘れることはありません。
Excelのグラフはキレイに作るものだ!…もとい、「何にでも一生懸命にこなしていれば、チャンスが訪れるのだ」と感じることになります。

そして当時のホームページビルダー3を購入し、3日ほど徹夜で初のホームページを作り上げる。

これがその時のホームページ。
結構いけてるでしょう?



第二期 それから、あちこちの会社の下請けで働きました。
SOHOエージェント会社、SEO会社、広告代理店…。
わたしはスキルのない駆け出しですし、自分にできることは何か分かっていました。「使いやすい人間であること」
1言われて10理解すること、提案できる人間であること、時間的融通を最大限きかせること。
昼夜問わず過酷ではありましたが、仕事はとぎれることはなく、多くを学ばせていただきました。

第三期 クライアントと直接会って話がしたい。
5年くらい経った頃、自分で直接仕事を請けたいと思いました。エージェント会社を通すと、意志が伝わりづらく、うまく行かないこともあり、結果の見えない仕事に(通常納品して終わりなので)、全く自信の持てない人間になっていました。

ラフが通らなかったり、仕事が途中で打ち切られたりすることもありました。徹夜で納品した仕事が、クライアントに納得されず、お金にもならなかったこともあります。何度か、エージェント会社に「わたしの実力不足で御社の信頼を損ねて申し訳ありませんでした」と謝りにいきました。

けれどある時ふと、仕事の進め方に問題があるのではないか?と疑問を持つのです。

「とりあえずデザイン作って」という仕事のやり方は、今、弊社では決してやらないことにしています。それは、このころの経験からです。

屋号をつけ、独立したのが2002年。
ホームページで仕事を募集し、初めてのクライアントが「なごみ」様
とても勉強熱心な方で、素晴らしい方でした。
それからずっと、「すごい人」に出会い続けています。

第四期 わたしは、ホームページ制作会社とクライアントでは、「目的が異なる」のだと気づきだしました。制作会社の目的は「納品」にあります。
この頃からわたしは、「目的を一致させること」の大切さを考え、目的の見えやすいECサイト構築に特化し、運営や成功報酬というスタイルを通して、クライアントと視点を合わせて仕事をしたいと思いました。
合資会社にし、それから有限会社を立ち上げます。

順調に仕事が伸びてきた2005年、次女が大きな病気をします。
その時わたしは、「次女の面会時間と、仕事時間」という2つの時間を天秤にかけることになります。

次女との面会時間よりも大切な仕事時間は、あるのだろうか?
多くの人は、「そんなものないよ」と言いましたが、わたしはあるように思いました。それは、次女、次女に限らず、子ども達の未来につながる仕事です。

ホームページ制作というのは、ネットの中にビジネスを1つ送り出すのと同じです。それがネット専業のECサイトであれば、「世の中にビジネスを生み出す」のと同じことを意味します。

そのビジネスが生み出したモノが、生活者に伝わり、そして未来へと時間が流れていく…。それならば、わたし達作り手は、生み出すものに責任を持たなくてはいけない、と強く感じることになります。

しかし、次女の病気が落ち着いたとき、
この日常こそが幸せなのだ。」と、何も持たない幸せを見つけてしまいました。この気持ちは、経営者であるわたしを苦しめました。
現状満足−。それは決していけないこと。

わたしは何を目指して仕事をするのだろうか、しばらくの間悩みましたが、ふと、霧が晴れたように景色が明らかになりました。

「そうだ、自分の方へ視線を向けている場合じゃない。」
わたしは、意欲あるスタッフとともに、“ クライアントの想いを未来へ伝えるため ” ECサイトを構築しているのだ、と。

この瞬間に、ようやく、“ 他者 ” に視点が向けられたと思っています。
伝えたい。この人たちの活動の軌跡を。

それからは、「商品を伝える」ということに絞って研究・実践を重ねています。商品は、伝われば必ず売れると思っています。

ルーツ ルーツは父にまでさかのぼる。
わたしのこの、「伝えたい」という気持ちを考えたとき、父のことが思い出されました。

うちは、貧乏でした。(^^;)
しかし、父は、自分が使命とする仕事をしていました。
お金にならずとも。

そんな父を、わたしは小さい頃から誇りに思っていました。
しかし父の口癖は、石川啄木の詩をわたしに教えることでした。

「働けど働けど我が暮らし楽にならざり」

その日父は、何度目か、この詩の意味を、小さいわたしに教えました。
その時わたしは、「お父さん、わたし、大きくなったらお父さんの本を出してあげる。そして、お父さんを有名にしてあげる。」 と伝えたのでした。

父の答えはこうでした。

本はいらないよ。有名になりたくてやっているわけではないんだ

このとき父は、大きな哲学をわたしに与えました。
決して子供扱いせずに本音で語った父に、わたしは感謝しています。

だから今でもわたしは、「頑張っている人の姿を伝えたい」という想いを強く強く持ち続けるのです。しかし、ビジネスとして。
お金にならないことが、どれだけ苦しいことか、わたしは見てきました。

一人一人の活動が、小さいけれど世の中に影響を与え、その小さな影響がたくさん集まって社会を作るのであれば、わたしは、「精一杯素敵な小さな流れ」を世の中へ送り出したいと願うのです。

今後ともよろしくお願いいたします。
代表 小野晴世

ECサイトを生み出すこととは

ECサイトを生み出すことは、わたし小野にとって、世の中に「ユニーク」を生み出すことです。さまざま人の価値観、変わった店長、こだわりの商品、とにかく、「そんなことあるのか!」というビックリ仰天が詰まった世界です。
そういう、大衆に流されない人、大量生産ではない物を広げていくことに、わたしの喜びがあります。そんなユニークな人がイキイキと活躍できる世の中や、人の背中。それを、子ども達世代に伝えてあげることが、母親であり、ビジネス人である小野の最大の使命と考えます。

日々の徒然を綴っています。
(知人向けに、生きてるよ、と伝えるために^^;)
立場上、ノウハウの話などは書けないことが多いですので、そういう話題はありません。
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こはる日和
   
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